Timing Game とは何か:Ethereumにおける Proposer 戦略の現状
Executive Summary
Ethereum における Timing Game は、Proposer(ブロック提案者)が MEV-Boost での入札の締切をスロット内であえて遅らせ、より高い実行レイヤー報酬を取りに行く戦略である。本稿では、その仕組み、および MEV-Boost Relay の公開データから見える事業者ごとの挙動差を整理する。事業者間の挙動差は、各社のインフラ構成や運用方針の違いを反映している面が大きい。
Keywords: Timing Game / MEV-Boost / PBS
1. はじめに
Ethereum の Proof-of-Stake への移行と MEV-Boost の普及により、Validator 報酬の構造は大きく変わった。Proposer は固定的なコンセンサス報酬を受け取るだけでなく、MEV (Maximal Extractable Value) を含むブロックを外部の Builder(ブロック構築の専門業者)から買い取ることで、より高い実行レイヤー報酬を期待できる立場になった。
この収益構造のなかで近年議論を集めているのが「Timing Game」と呼ばれる戦略である。Timing Gameとは、Proposer がブロック提案の意思決定をスロット内で意図的に遅らせ、より高い入札を引き出す行為を指す。本稿では、Ethereum のスロット構造、Proposer と Builder の役割分離 (PBS) が成立した経済的背景、および MEV-Boost の仕組みを整理したうえで、Timing Game のメカニズム、公開データから見える事業者間の挙動差、そして次世代のプロトコル設計 (ePBS) との関係を順に見ていく。
2. Ethereum スロットとブロック提案の基本
Ethereum は 12 秒単位のスロットで進む。1 スロットの中で「ブロックの公開 → Validator(検証者)による検証投票 → 投票の集約」が一巡し、次のスロットへ移る。各スロットの内部では、おおむね次のタイミングでイベントが進行する。
- t=0 秒: スロット開始。割り当てられた Proposer がブロックを生成して公開する
- t=4 秒: attestation 締切。beacon committee(そのスロットで attestation を担う Validator の委員会)が、ブロックを観測できたかどうかに基づいて attestation を行う
- t=8 秒: Aggregator(投票の集約者)が beacon committee 内の attestation を集約する
- t=12 秒: 次のスロットへ
Proposer がスロット先頭でブロックを公開すれば、beacon committee には十分な観測時間が残り、ブロックは多数決により正規チェーンへ取り込まれやすくなる。逆に公開が遅れるほど、ブロックを観測できない Validator が増え、後続スロットの Proposer によって上書きされる reorg(再編)や、そもそもブロックが残らない missed slot(欠落)のリスクが上がっていく。
3. MEV と PBS — なぜ Proposer は Builder に外注するのか
3.(1) PBS と MEV-Boost の普及 — Builder ブロックと local block の報酬差
ブロック内のトランザクション順序や採否を選ぶ権利から生まれる収益機会(MEV: Maximal Extractable Value)を取り込むには、market maker や DEX アグリゲータからの private orderflow(公開 mempool に流さずに直接送られるトランザクション)契約、MEV 機会の探索を担う Searcher(探索者) との優先接続、最適化アルゴリズム、低遅延ネットワーク機器など、専業ならではの設備投資が必要となる。Validator が自前のブロック構築でこれを安定して拾うのは現実的でなく、市場では Searcher が組み立てたトランザクション群(bundle)と一般 mempool トランザクションを統合し、収益最大のブロックを動的に再構築する Builder(ブロック構築者) という専業が生まれた。
Ethereum は本来、ブロックを提案する Validator がそのままブロックを組み立てる前提で設計されていたが、上述の専業化によって、Validator が自前でブロックを作成する場合と、Builder にブロック構築を委託する場合に無視できないほどの報酬の差が生まれた。Blocknative の分析では、MEV-Boost 経由で構築されたブロックの報酬は、Validator が自前で組んだ local block の 中央値で約 2.66 倍、市場が荒れた日には日次で 最大約 7.9 倍 にまで広がった [1]。絶対値で見ると、local block の中央値が約 0.024 ETH だったのに対し、MEV-Boost ブロックは約 0.064 ETH という水準である。
ここから派生した「Proposer は提案権だけ持ち、構築は Builder に外注する」という役割分離の考え方が PBS (Proposer-Builder Separation) である。これを Ethereum コンセンサス本体には手を入れず、外側のミドルウェアとして実装したのが Flashbots による MEV-Boost で、2022 年 9 月の The Merge 直後から普及が始まった。
3.(2) MEV-Boost のフロー
MEV-Boost は、Proposer がブロック構築を専門 Builder に外注するためのミドルウェアであり、Ethereum コンセンサス本体には組み込まれていない。Proposer は複数の Relay(Builder と Proposer を仲介する第三者)に入札締切の問い合わせを送り、Builder が用意した入札 header 群(ブロック本体の内容は伏せたまま、Proposerへの支払い額だけを示すメタデータ)を受け取る。そのなかから最も高い入札を選び、対応するブロック本体(ペイロード)を Relay から取得して、署名のうえ公開する流れになる。Relay は Builder と Proposer の間に立ち、Builder がペイロードを公開しないといった不正や、Proposer が複数ペイロードに署名する不正を防ぐ仲介者として機能する。
この構造下で、Proposer が受け取る対価がBuilderの入札額であり、本稿のテーマである Timing Game は、この入札額を Builder からどこまで引き上げられるか、というゲームとして位置づけられる。
4. Timing Game の定義とメカニズム
Timing Game とは、Proposer が Relay への入札問い合わせ、あるいは Builder の入札締切を、スロット内でできる限り後ろ倒しにする戦略を指す。なぜ遅らせるのか。理由は単純で、Builder の入札額は基本的にスロット内時刻が進むほど大きくなるからだ。
スロット先頭直後の入札は、mempool 上の MEV 機会を100%では取り込めていない。時間が経つにつれて mempool に新規トランザクションが積み上がり、Builder は最適化されたブロックを継続的に再構築して入札を上書きする。その結果、入札価値は時間が経つほどおおむね右肩上がりに増えていく(ただし伝播の遅延に加えて、各 Relay が内部に持つ受付期限——いわゆる カットオフ時刻 ——を過ぎると、Proposer からの問い合わせに応答しなくなるため、無制限に遅らせられるわけではない)。
ここでの制約は、ブロック公開が attestation 締切(t=4 秒)に間に合わなければ、attestation を beacon committee の多数から取り損ない、最悪の場合 missed slot となる、という点にある。したがって Timing Game は、入札の上振れ余地と、ブロック伝播の遅れによる attestation 失敗リスクとを天秤にかける判断 として整理できる。
具体的には、Proposer はおおむね次の選択肢に直面する。
- 早期確定(〜1 秒): 入札の上振れ余地は限られるが、伝播と attestation は安全圏
- 中期確定(1〜2 秒): 入札の上振れを一定取りに行きつつ、伝播の余裕も残す
- 後期確定(2 秒以上): 入札を最大限引き上げる一方、伝播失敗や観測漏れのリスクが上がる
縦軸は期待入札額の概念図であり、具体的な金額や実測値を示すものではない。
どこに最適点を置くかは、各 Proposer(あるいは委託先のステーキングサービスプロバイダ、以下 SSP)の運用方針による。結果として、観測される挙動には事業者ごとの明確な差が現れる。
5. 公開データから見る事業者ごとの挙動
筆者らは、公開されている MEV-Boost Relay のペイロード配信データを集計し、複数の大手 SSP について、過去半年間の落札 bid の Relay 観測時刻と、ブロックのネットワーク観測時刻を集計した。以下では匿名化のため、対象事業者を 事業者A/B/C と表記する。
観測 1: 落札 bid の Relay 観測時刻
各事業者の提案ブロックについて、最終的に採用された入札(落札 bid)が複数の Relay のうち最初に観測された時刻(スロット先頭からの経過ミリ秒、Relay 間の最小値)の中央値は、次のような分布だった。なお、この時刻は「Proposer がその入札を選べる最も早いタイミング」に相当する。bid がまだ Relay に届いていなければ Proposer はそれを選びようがないため、実際に入札を締め切ったタイミングはこの時刻以降ということになる。スロット内の目盛り感を補うと、attestation 締切は t=4 秒(= 4,000 ms)に位置するため、本観測の数値は「attestation締切まであと何 ms の時点で Proposer が入札を締め切ったか」と読み替えると分かりやすい。
- 事業者A: 約 2,500 ms(中央値、スロット後半に寄っている)
- 事業者B: 約 1,500 ms(中央値、中盤)
- 事業者C: 約 900 ms(中央値、スロット先頭近く)
事業者間で中央値ベースで最大 1.5 秒以上の差 があり、後半に寄せている事業者ほど分布の裾も後ろに伸びている。各社が Timing Game の押し時をそれぞれ別の位置に置いていることが見て取れる。とくに事業者C は分布全体がスロット先頭側に張り付いており、Timing Game をほとんど行っていない、もしくはかなり抑えた設定にしていると見られる。
観測 2: ブロックがネットワーク上で観測される時刻
落札 bid の到着時刻と整合するかたちで、提案ブロックが gossip ネットワーク(Ethereum のノード間で署名済みブロックを伝搬する P2P 層)上で最初に観測される時刻にも、事業者間の差が表れる。中央値で見ると、事業者A は約 3,100 ms、事業者B は約 2,200 ms、事業者C は約 1,300 ms だった。入札を後ろに引き付ける事業者ほど、結果としてブロック公開のタイミングも後ろにずれる、という形になっている。
観測 3: missed slot と local fallback の発生率
Timing Game を後ろに振るほど、ブロック伝播の失敗やRelayからのペイロード取得失敗のリスクは高まる。各事業者の割当スロットのうち、ブロックが正規チェーンに含まれなかった割合(missed slot rate)と、MEV-Boost 経由ではなく自前の Builder にフォールバックした割合(local fallback rate)を集計したところ、missed slot rate は事業者間で 0.2〜0.8% の幅、local fallback rate は おおむね 0〜1.3% の幅 に分布した(事業者別の個別値は匿名化のため幅で表記している。事業者A/B/C それぞれの水準は図 6 を参照されたい)。とくに local fallback rate は事業者間の差が大きく、入札タイミングを攻める設計を取るか、ペイロード取得を堅実に確保する設計を取るかで、運用思想の違いが浮かび上がる。
なお、これらはあくまで観測された傾向であり、Timing Game の設定と missed slot / local fallback 率との因果関係を直接示すものではない。各事業者の Relay 選択、地理的配置、インフラ構成といった他の要因も同時に効いている点には留意したい。
6. Timing Game のトレードオフ
ここまでの観測を踏まえると、Timing Game の意思決定は、次の 2 つの要素のバランスをどう取るかという問題に整理できる。
- 期待入札の上昇(リターン): 後ろに振るほど期待入札は単調に増えていく。市場の変動が大きい局面ほどこのカーブは急になり、後ろ振り戦略のリターンも相場次第になる。
- 期待値を押し下げるリスク(コスト): 公開時刻が遅いほど beacon committee への到達率が下がり、ブロックが正規チェーンに残らない missed slot や reorg のリスクが上がる。加えて、Relay のカットオフによる入札キャンセル、ペイロード取得の失敗による local fallback の発生など、ブロック本体を確保する段階の失敗確率も上がっていく。これらは戦略を攻めるほど積み上がり、期待値ベースでの利益を圧迫する。
事業者がこのバランスのどこに点を置くかは、自社のインフラ性能(地理的配置、Relay 接続の冗長性、Builder 側でのフォールバック整備)で決まる部分が大きい。観測される事業者間の差は、こうした個社判断の積み重ねによって生じていると見られる。
7. プロトコル設計の今後 — ePBS との関連
現行の MEV-Boost は、Relay を信頼する前提とした out-of-protocol の仕組みで、Timing Game の自由度は Proposer 側に大きく残されている。これに対して近年議論が進んでいるのが ePBS (enshrined Proposer-Builder Separation) と呼ばれる、PBS(Proposer-Builder Separation:Proposer と Builder の役割分離)をコンセンサスプロトコル本体に取り込む設計である。
ePBS は EIP-7732(ePBS の仕様提案番号)として整理され、2026 年予定の Glamsterdam(次期 Ethereum アップグレード)の主要構成要素のひとつに位置付けられている [2][3]。アップデート後では、スロット内のタイムラインが次のように想定されている。
- t=0 秒(スロット開始直後): Proposer が Builder 入札プールから勝者を選び、コミットメント(どの Builder を採用するかの宣言)を公開
- t≈3 秒: beacon committee がコミットメントを観測し、Proposer の選択について投票
- t≈6 秒: 選ばれた Builder がフルペイロードを公開
- t≈9 秒: Builder ブロックに対する追加の attestation
(秒数は EIP-7732 ドラフトおよび関連の研究議論で参照されている目安値であり、最終仕様で前後する可能性がある。)
この設計のもとでは、Proposer は早い段階でコミットメントを公開し、それ自体が attestation の対象となる。コミットメントを締切(t≈3 秒)まで引っ張るほど、自分の提案が attestation を取れずに missed slot になるリスクが上がるため、入札確定を t=4 秒近くまで遅らせる従来型の Timing Game の余地は、仕組み上ほぼなくなる見込みである。
ただし、Timing Game そのものが消えるわけではない。ePBS 下でも、Proposer がコミットメント公開を attestation 締切ぎりぎりまで引きつけて Builder の入札を吊り上げる動き、および選ばれた Builder がフルペイロードの公開時刻を後ろ倒して追加の MEV を取り込む動き(Builder Reveal Timing Game)といった、新たなタイミング戦略の余地が残ると研究コミュニティで指摘されている [4]。Timing Game の主体や設定は変わるが、ゲーム自体は形を変えて存続するというのが現時点での見方である [5]。
8. おわりに
本稿では、Ethereum MEV-Boost における Timing Game の基本的な仕組みを整理し、公開データから見える事業者間の挙動差、そしてプロトコル設計の今後との関係を見てきた。
Timing Game は単なる on/off の選択ではなく、入札の時間成長カーブとブロック伝播・取得リスクを連続的にバランスさせる判断問題である。観測される事業者間の差は、各社のインフラ構成と運用方針の違いを映していると考えられる。なお本稿で扱った Relay 観測時刻は、あくまで bid の到着時刻に基づく代理指標であり、Proposer が実際に入札を締め切った時刻そのものではない点には注意したい。
また、ePBS をはじめとするコンセンサスレイヤー側の変化が現実のものになりつつあるなかで、Timing Game に関わる戦略の地図そのものが、今後大きく書き換わる可能性が高い。Validator 報酬の最適化を巡るテーマは、今後も引き続き注目しておきたい領域である。